遺言書と遺書は、法的効力の有無という大きな違いがあります。遺言書には定められた書き方があり、ルールに沿わないと無効になってしまうかもしれません。意図しない相続トラブルを避けるためにも、遺言書の正しい知識を学んで、事前に準備しておきましょう。
この記事では、遺言書と遺書の違いから遺言書の種類、正しい書き方、注意点まで解説します。
目次
遺言とは?遺言書と遺書の違い
遺言書:死後の相続に関する意思を伝える文書(法的効力がある)
遺書:生前の意思や気持ちを伝える文書(法的効力はない)
遺言とは、自分の財産を誰にどのように残すかを伝える、被相続人の意思表示です。遺言書と遺書は混同されがちですが、法的効力があるかないかという大きな違いがあります。
遺書は、亡くなる直前に書いた私的文書という位置づけで、生前の意思や気持ちを伝えるもの。手紙だけでなく、ビデオレターや音声、メモ書きなども含みます。英語でも”Letter”や”Note”と呼ばれ、生前の手紙という扱いなので法的な効力を持ちません。遺書は書き方の決まりがないため、自由に思いを綴るのがよいでしょう。
財産や相続に関する意思を示したい場合、遺書ではなく遺言書を書く必要があります。遺言書は英語で”Will”と表現され、書き方に方式があり、それに沿う形で作成しなければなりません。
方式に沿わない書き方をした遺言書は、仮に文書として残っていても、法的な意味を持ちません。相続財産の分配について書いていても、遺言者ではなく遺族の意思で財産の分配されてしまいます。相続に関する自分の意思があるなら、必ず方式を守った遺言書を作成してください。
遺言書の種類は自筆証書遺言と公正証書遺言、秘密証書遺言
自筆証書遺言
自筆証書遺言のメリット
- 自分1人で手軽に作成・修正できる
- 作成に費用がかからない
- 遺言書の存在・内容を他者に知られない
自筆証書遺言のデメリット
- 規定を満たしていないと無効になる
- 他者に知らせていないと死後に見つけられない
- 紛失や隠ぺい、破棄、勝手な書き換えのおそれがある
自筆証書遺言は、自分で遺言書を手書きする方法です。遺言書の本文、日付、氏名を自筆して、押印して作成します。本文は自筆でなければなりませんが、相続財産の目録(通帳の写しや不動産の登記事項証明書などの資料)は、パソコンや代筆で作成しても問題ありません。
自筆証書遺言は、自分1人で簡単に作成でき、他の方式と比べて費用もあまりかからないのがメリット。遺言書の存在を、他者に秘密にしておけるのも利点です。
デメリットは、規定に沿った書き方でないと無効になるおそれがあること。また本人しか遺言書の存在を知らないため、見つけてもらえなかったり、誰かに隠されたり書き換えられたりする可能性があります。
公正証書遺言
公正証書遺言のメリット
- 法的な効力のある遺言書を残せる
- 自筆が難しい人でも遺言書を作成できる
- 紛失や隠ぺい、勝手な書き換えなどの心配がない
公正証書遺言のデメリット
- 公証人のほかに承認が2人必要
- 作成の費用がかかる
- 遺言の内容を他者に知られてしまう
公正証書遺言は、遺言書を法律の専門家に代筆してもらう方法。公正役場で証人の立会いのもと、被相続人が遺言の内容を伝え、公証人に遺言書を作成してもらいます。
法律の実務に携わる公証人に書いてもらうため、法的効力のある遺言書を残せるのはもちろん、自筆が難しい人でも遺言書の作成が可能。また遺言書の原本は公証役場に保管されるため、第三者に触れられたり紛失したりする心配がありません。
ただし、公正証書遺言を書く場合は、公証人のほかに証人が2人必要です。証人は身内や相続関係者以外の人から選ばなくてはなりません。また公証人に依頼する費用がかかったり、遺言の内容を他者に知られてしまったりするデメリットもあります。
公正証書遺言の作成費用
公正証書遺言の作成手数料は、財産を相続する人ごとに計算します。
財産の相続が1億円未満の場合は、11,000円加算。また、公証人が出張した場合は出張費用と交通費、証人を公証役場で依頼した場合は証人の日当も必要です。詳しくは依頼する予定の公証役場に確認してみましょう。
秘密証書遺言
秘密証書遺言のメリット
- パソコンや代筆での作成が認められている
- 遺言書の存在を記録として残せる
- 他者に中身を知られる確率が低い
秘密証書遺言のデメリット
- 本人しか内容を確認しないため不備に気づけない
- 公証人と証人2人の立会いが必要
- 作成の費用や手間がかかる
- 原本は自分で保管しなければならない
秘密証書遺言は、遺言書を作成したあと、公証役場で自分が書いた遺言であることを証明してもらう方法。自筆証書遺言と違い、パソコンや代筆での作成が可能です。ただし、遺言書には必ず直筆の署名と捺印が必要。他者に中身を知られることなく、遺言書の存在を記録できるのがメリットです。
デメリットは、内容を本人しか見てないため不備に気付けないこと。また公証人と証人が必要で、手間や費用がかかるうえ、遺言書は自分で保管しなければなりません。公正証書遺言と比べて手間がかかるため、近年では利用する人が減っています。
自筆証書遺言の書き方と注意点
1.内容は全て自書をする
自筆証書遺言は、必ず自筆してください。パソコンやワープロ、代筆で作成すると無効になります。音声やビデオ、映像での遺言も無効になるため、注意しましょう。
財産目録はパソコンや代筆、コピーをつけても問題ないですが、添付資料に署名・押印するのを忘れないようにしてください。
2.作成した日付を明記する
作成日の特定が出来ない自筆証書遺言には、法的効力がありません。「◯年◯月吉日」と書いたり、日付印だけだったりすると作成日が特定できないとされ、遺言書全体が無効になります。
3.内容の訂正・加除は決められた方法に従い記入する
書き間違いの訂正や文言の追加には、法律で決められた形式があります。
訂正するときは、間違った箇所を二重線で消し、吹き出しを使って正しい文章を追記してください。さらに、訂正箇所そばの余白に「◯字削除、◯字加入」と、詳細を書いて署名・押印します。
間違った訂正・加除をすると無効になりますので、注意しましょう。
4.署名・押印をする
戸籍通りのフルネームで署名し、押印します。押印は認印でもかまいませんが、実印の方がより確実に本人を特定できて望ましいです。
5.記載する項目・内容は具体的に書く
記載する項目や内容は、具体的に書きましょう。曖昧な表現や情報が不足した指示があると、手続きがスムーズに進みません。
不動産は登記簿謄本の通りに記入し、土地は所在地、地番、地目、地積まですべて詳細に記載します。銀行に預けている預貯金や金融資産は、金融機関名、支店名、預金種類、口座番号まで漏らさずに記載しましょう。
6.遺言執行者を指定しておく
遺産分割を円滑に進めるために、遺言書で遺言執行者を指定しておくとよいでしょう。遺言執行者とは、遺言書の内容を実現する担当者で、相続人の代表となります。遺言執行者は遺言書でのみ指定できます。
7.封筒に入れ、封印をして印鑑を押す
改ざんを避けるために、書き終えた自筆証書遺言書は封筒に入れて封印します。封印では、遺言書で使用した印鑑を必ず使ってください。
完成した自筆証書遺言は、家族が見つけやすい場所や銀行の貸金庫へ保管するのが一般的です。ただ2020年7月から「自筆証書遺言書保管制度」が開始し、自筆証書遺言を法務局で保管してもらえるようになりました。ご自身の希望にあわせて、安全な場所で自筆証書遺言を管理してください。
公正証書遺言の書き方
公正証書は、公証役場に遺言書の文案をチェックしてもらい、当日は印字された遺言書に署名捺印するだけです。全文を自筆で作成する自筆証書遺言とは作成方法が異なります。
1.遺言の内容を整理し、原案をまとめる
相続財産のリストを作成して、誰に何を相続させるのかを明確にし、原案をまとめます。
2.証人を依頼する(2人以上)
公正証書遺言の作成には、2人以上の証人の立ち会いが必要です。相続トラブルを避けるため、利害関係のない第三者(行政書士や司法書士など)へ依頼しましょう。有料となりますが、公証役場で証人を紹介してもらうことも可能です。
3.証人立会いのもと、公証人役場へ出向く
必要な書類を揃えて公証人役場へ出向き、遺言書を作成します。
必要な書類は、遺言者の印鑑証明書、遺言者と相続人との関係がわかる戸籍、遺贈する場合は相手の住民票(会社へ遺贈する場合は法人の登記簿謄本)、不動産の登記簿謄本、固定資産評価証明書、通帳の写しなど。また、証人の住民票も用意をしておきましょう。
4.公正証書遺言の完成
公証人が作成していた遺言書の原文を、遺言者と証人2人に読み聞かせ、もしくは閲覧させて間違いがないか確認します。(聴覚・言語機能障害者は、手話通訳による申述、筆談による口述に代えられます)
問題なければ、遺言者と証人2人は署名捺印します。その後、公証人が署名捺印したら公正証書遺言の完成です。公正証書遺言書は、原本とその写しである正本、謄本の3通が作成されます。原本は公証人役場に保管をされ、遺言者には正本と謄本が渡されます。
自筆証書遺言書保管制度とは?自筆証書遺言書を法務局に預けられる
自筆証書遺言書保管制度のメリット
- 外形的なチェックがあるため無効になりにくい
- 遺言書の紛失・破棄・隠ぺい・改ざんを防げる
- 相続開始後、遺言書を保管している通知が届く
- 家庭裁判所による検認が不要
自筆証書遺言書保管制度とは、自筆証書遺言書を法務局で保管してもらう制度。2020年7月10日から開始され、全国の法務局で利用できます。
作成した自筆証書遺言書を法務局に保管申請すると、遺言書保管官の外形的なチェックを受けたうえで、原本と画像データを保管してくれます。法務局のチェックが入るため遺言書が無効になりにくく、紛失・破棄・隠ぺい・改ざんの防止も可能です。
また相続開始後、指定された相続人に遺言書を法務局に保管していると通知が届きます。自筆証書遺言書保管制度を利用していれば検認も不要なので、スムーズに遺言書を発見・確認できるのがメリットです。詳しい手続きや必要な書類は、法務局のホームページで紹介されているので、あわせて確認しておきましょう。
遺言書の効力・法的拘束力
遺言書で法的拘束力のある事項
- 財産に関する事項
- 身分に関する事項
- 遺言執行に関する事項
- その他の事項
遺言書には、法的拘束力のある事項と、法的拘束力のない事項があります。
財産に関する事項は、相続人や遺産分割方法の指定など。身分に関する事項は未成年後見人の指定や子どもの認知など、遺言執行に関する事項は遺言執行者の指定などが含まれます。
その他の事項は、祭祀承継者(お墓や仏壇等を引き継ぐ人)の指定、生命保険金の受取人の指定・変更、遺言の全部又は一部の撤回などが挙げられます。
遺言書の作成でよくある失敗例と対策
法的効力のある遺言書は、正しい方式と手順で書かなければなりません。意外と手間ひまがかかるため、専門家に相談するころも視野に入れて準備を進めましょう。
作成の日付が明確になっていない
作成した日付を書き忘れたり、明確にわからなかったりするパターンです。具体的な作成日付のわからない遺言書は無効となりますので、「◯年◯月◯日」と正確に明記しましょう。
加筆修正が正しい手順で行われていない
遺言の修正には厳格な手順があるので、それに沿わないと無効になります。修正の手順は、間違えた部分に二重線を引き、横に正しく書いて押印し、用紙の最後や空きスペースに何文字削除して何文字追加したかを書く方法です。手順が欠けた遺言は無効になります。
相続と遺贈の表記を間違える
「相続」とは、法定相続人に財産を残すときに適切な表記です。遺言者が存命中は、法定相続人を推定相続人といいますが、推定相続人以外の人物に財産を残したい場合は「相続」ではなく「遺贈」という表記でなければなりません。
たとえば推定相続人が、妻である配偶者と実子2人の3人である場合。推定相続人に該当しない自分の弟に財産を残したいなら、「不動産◯◯を弟に”遺贈”する」と書くのが正解です。「不動産◯◯を弟に”相続”する」と書くと、無効になってしまう可能性があるため注意してください。
「相続」と「遺贈」といった表記ひとつで、遺言書の有効性を争う事態になってしまうので、間違いのない記載になるように確認しましょう。
遺言執行者に法定相続人を指定する
遺言書では、遺言執行者を指定できます。遺言執行者とは、遺言の内容を実行する人で、法律上では相続人を代表する地位になります。
遺言執行者を特定の法定相続人に指定してしまうと、相続人は互いに利害関係にあるため、トラブルの原因になりかねません。間違いとは言い切れませんが、遺言執行者は利害関係のない第三者を指定した方が安全です。
遺言の内容を理解して、法律通りに間違いなく実行してもらうために、司法書士・行政書士など、手続きを確実に行える法律の専門家を指定すると間違いないのではないでしょうか。
検認をせずに遺言書を開封した
法務局に預けていない自筆証書遺言書と秘密証書遺言は、開封する前に家庭裁判所で検認手続きをしなければなりません。
検認せずに誤って開封してしまった場合、遺言書が無効になることはありませんが、法律上5万円以下の過料に処されるので注意が必要です。
遺言書があって助かった事例
相続人の1人に多くの遺産をあげたい場合
故人:Aさん男性【法定相続人:配偶者(妻)、長男・長女・次女】
Aさんは晩年、妻と次女に介護をしてもらって生活していました。長男と長女は早くに家を出ていて、次女は介護で仕事をパート勤務に変更する前は、家にお金も入れてくれていました。
Aさんは次女に大変感謝しており、自身が亡くなった際には兄妹の中で次女により多くの遺産をあげたいと考えていました。しかしAさんの死後、気の弱い性格の次女が自身の労を主張するとは考えにくいため、Aさんは心配していました。
そこでAさんは専門家に相談をして、次女への感謝の気持ちを明確にした公正証書遺言書を作成しました。Aさんの財産は、自宅の土地・建物(評価額3000万円ほど)と預貯金が2000万円ほど。遺言書の作成後、10年近い月日が経ち、Aさんは亡くなりました。Aさんの葬儀が終わり、一段落したところで相続の話になりましたが、妻が引き出しから公正証書遺言を出し、これを家族全員で確認しました。
遺言書には、自宅で妻と同居している次女に自宅の土地建物を相続させる、預貯金は相続人4人に均等に500万円ずつ相続させる旨が書いてありました。また、付言事項というところには、「私の介護をしてくれた次女に、今後、妻の介護もお願いしたいので自宅を相続させました。現金については、みんなに均等に相続してください。次女には大変お世話になりましたので、このようにしました。長男・長女はそれぞれ持ち家があると思うので色々と世話をしてくれた次女に対する私の感謝の気持ちを尊重してください。家族の健康と幸せを切に望みます。今までありがとう。父より」と。
これを確認した家族は、父の想いを尊重して遺言書に沿って遺産分割の手続きを司法書士・行政書士に依頼したため、家族で争う事なく無事に相続手続きを終えられました。
通常、人が亡くなり、遺言書が見つからなかった場合には遺産は法定相続人(法律で定められている相続人)全員で話し合いをする遺産分割協議によってわけ方を定めます。また、民法では遺産の分配割合を示した法定相続分というものがありますので、遺産分割協議の目安とされることもあります。法定相続分では遺産は兄妹に均等に分配されます。
遺産分割協議では法定相続人全員の同意が必要になるので、次女が自分の介護の労を主張しても他の相続人に認められなければ、望んでいる遺産の割合を得られず、最悪の場合裁判などの争いになってしまうかもしれません。次女の性格によっては介護で苦労をした事実がありながら、それを主張できない可能性もあります。
たとえ家族中がよくても、争いの種を残さず相続人同士が気持ちよく遺産を分割するために、Aさんの意志を残す「遺言書」はとても重要であったと言えるでしょう。
お子様がいらっしゃらない場合
故人:Bさん男性【法定相続人:配偶者(妻)、甥、姪】
Bさんは87歳で亡くなりました。配偶者の妻は現在70歳で、お子様はいません。
Bさんは生前、配偶者である妻が自分の遺産をすべて相続するつもりでした。しかし、近所でお子様のいらっしゃらない方が亡くなったとき、その方の甥や姪が出てきて大変だったという話を聞きました。
専門家に相談をして確かめてみるとBさんには兄が2人おり、それぞれすでに亡くなっていましたが、一番上の兄に長男・長女がいるため、法定相続人は妻だけでなく甥や姪も含まれることを知りました。Bさんは甥や姪にほとんど会ったことがなかったため、妻に迷惑を掛けたくないと「遺言書」を作成する事にしました。
Bさんの死後、Bさんの妻は遺言書を使って相続手続きを専門家に依頼したため、スムーズに遺産を受け取れました。Bさんの妻は、遺言書だなんて大げさなのでは?と思っていましたが、実際にBさんが亡くなると、Bさんの甥姪が自分たち夫婦の財産の4分の1相当の相続財産を請求してくるのでは?と不安にもなっていたため、遺言書があって助かったと思いました。
Bさんの場合、お子様がおらず、ご高齢でご自身のご両親が亡くなられていたので、兄弟が法定相続人となっていました。また、兄弟が亡くなっていることによりさらに甥や姪に代襲相続が発生し、甥や姪が法定相続人になってしまいます。
相続人には最低限の相続分を受け取ることができる「遺留分権」という権利があります。しかし、遺留分を請求できるのは兄弟姉妹以外の法定相続人となるので、Bさんのようなケースでは遺言書で配偶者である妻へ財産を相続させる事を示しておけば、残された妻は甥や姪に遺留分を請求されることなく遺産を相続できます。
相続が発生すると故人の戸籍を収集し法定相続人を調査します。遺言書が作成されていなかった場合には法定相続人全員で行う遺産分割協議を行う必要があるからです。しかし遠縁の親戚に連絡を取ること自体が残されたご家族の負担となってしまうことも考えられます。遺言書はそのような手間やトラブルを防げるのです。
今現在、ご自身が困っていなくても、10年後、20年後に相続を開始したとき、どんな状況となっているかは誰にも分かりません。家族への思いやりのある遺言書を通じて、残されたご家族の安心を守ることや、スムーズな遺産相続を実現してあげることは遺言書の有益な活用法でしょう。